島本理生「あられもない祈り」
こんにちはこんばんは飛び魚です!
島本さんの本作は、昨日読了した佐藤さんの透き通ったみずみずしい青春小説とは打って変わり、大人の男女が織りなす重厚な恋愛のお話でした。
そもそも恋愛なのかもよく分かりませんでした、、笑
完全に読者としての自分の未熟さによるものです。
でも恋愛って、飛び抜けて幸せそうなやつもいれば、飛び抜けて苦しそうなやつもいるんだなって、自分の中で幅を広げられたような気もしています。
大人の方、苦しい恋愛経験をされた方であれば、自分の経験も踏まえた解釈をすることができて、より深いところまで考えをめぐらせることができるような作品だと思います。
あ、わかんねえって特に思ったところが、、
「私との関係は別々のシャツのボタンと穴を無理やり合わせようとするものだったから、いったん外してしまったら完璧に離れるしかなかった。でも、一つボタンを外すたびに、よそのボタンを掛けるような恋に、なんの意味があると言うのだろう。」
一応補足すると、主人公の女性は愛人関係にあり、その相手との関係をシャツのボタンの掛け合わせで例えている感じです。
強烈ななにかを感じなくもないのですが、考えるほど難しくなる気がしました、どなたか読んだことのある方がいらっしゃったら軽~く教えてください。
解説を担当した西加奈子さんは、それはもう絶賛していて、おっしゃっていることはああなるほどと理解できるんですが、それはそう言われてみれば、という感じで、自分の実感を伴うことは残念ながらなかったです。
いつかもう一度この本を読んで、主人公の言わんとすることの数パーセントでも分かるようになれればいいなと思います。当分無理だと思います。笑
そんな中でも、少しは自分にも感じるものがある言葉もありました、、
「いつだって自分だけが悪いのだと思っていた。いつだって自分だけが我慢するべきなのだと信じていた。そうすればなにも見ずになにとも戦わずに思考停止していられた。ぜんぶ自分が悪いだなんて、ぜんぶ自分が悪くないと言ってるのと同じことだ。」
隙を見れば自己嫌悪に陥ってしまうような、ひどく落ち込んでいる時、原因を相手ではなく自分の中に求めることによって、本質から目を逸らしている、、
自分が悪いんだって思うことで、少し問題が軽くなるような、安心したような気持になるってことが、このことを裏付けていると思います。
これが恋愛という関係の中に起こると、それはもうややこしくこじれていくでしょうね。笑
読むのに体力を必要としましたが、いい勉強になりました。島本さんといえば究極の恋愛小説と呼ばれている「ナラタージュ」もあるので、機会があればぜひ読んでみたいと思います。
次はピース又吉さん初の小説、「火花」を読む予定です、めっちゃ楽しみです!
茶王!